国士舘新聞 2003年07月25日

われかく戦えり 26歳で地方選に初挑戦、初勝利

桑原望さんは、今年の4月に行われた統一地方選に26歳で初挑戦し、見事、最年少で当選を果たした。若さを前面に出し、体を張っての「草の根選挙」の戦いだった。自転車で市外を回り、握手を交わし政策をアピール。彼が政治家を志した原点は、国士舘大学での国際ボランティア活動だった。

●きっかけはボランティア体験

そもそも政治家を志すようになったのは、大学時代のボランティア活動がきっかけでした。 ラオスや南インドで学校建設や貧しい人のための家作りの活動を行いました。そこで出会った人々は、貧しい暮らしにもかかわらず、とても輝いて生き生きしていました。日本人は、物は豊で経済的にも恵まれている。しかし、彼らと比べると、ちっとも幸せを感じていないように感じました。これはどうしてなんだろう?これでよいのだろうか?そういう素朴な疑問が起こりました。

●在学中に選挙戦突入

大学卒業後は、一時、郷里の長岡市にかえって働きながら、休日には市長選挙を手伝ったり、市議会の傍聴などを始めました。しかし、政治家になるためには、もう一度政治についての専門的な勉強をする必要があると思い、母校の国士舘大学院に進むことにしました。 在学中に地方選挙は近づいてまいりました。25歳の若輩で人生経験も少ない、組織のないし、資金もありません。さらには大学院の修士論文を書きながらの活動は、予想以上に厳しいものがありました。 不安と焦りのため、ともすると暗くなりがちな選挙戦でしたが、大学の先輩や後輩が応援に駆けつけてくれ、大変に勇気づけられました。

●ありのままの自分をぶつけるだけ

実は、告示後のことは無我夢中で、あまり覚えていません。街頭に出て、車中から自転車のペダルを漕ぎながら、ただひたすら政治に対する思いのたけを訴え続けました。ありのままの自分というものを、渾身の力で表現するだけでした。 そして、4月27日の投票日。 開票が始まると、さすがに落ち着いてはおれません。当選ラインは、2100票といわれてました。速報当初は、各候補者とも票差はありませんでした。時間の経過都とともに、私を含む4候補が2000票ラインに到達したとの連絡が入りました。後は当確を待つだけです。 ところが他の候補はどんどんと当確になるのに、私には当確が出ません。

●最年少で見事当選

20人ほど当確が出たあと、やっと当確の知らせが出ました。安堵の胸をなでおろし、応援してくれた皆さんとともに喜びをかみしめました。用意されていたくす玉を割ろうとしたら、くす玉は割れずにそのまま落ちて頭にぶつかりました。ダルマに目を入れようとしたら、墨汁をひっくり返してしまいました。最後まで、なんとも私らしい選挙でした。かくして、私は長岡市政最年少で議員としてのスタートを切ることができました。これからが本当に勝負だと感じています。母校の名に恥じぬよう力を尽くします。同窓生の皆さま、力添えをいただき本当にありがとうございました。


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