Myskip 06月号

異彩世代図鑑

小泉劇場などという言葉が囁かれ、政治がお茶の間の話題になっている昨今。そんなブームとは関係なく真摯に政治に取り組んでいる若者がいた。今から3年前長岡市議に最年少で当選した桑原望氏だ。一体どんな人なのか、その素顔に迫る!!


桑原さんの政治活動の原点は、大学時代に「小学校建設のために」ボランティアで訪れたラオスにあった。「最初の頃は、豊かなニッポン人である自分が可哀相な貧しい国の人に何か“してあげる”んだという気持ちがありました」。しかし「楽しそうに生き生きとしている子供たちの笑顔を見ているうちに『お金=幸福』ではないという真実」に気付く。「ボランティアとして行った私の方が逆に多くのものを得た貴重な経験でした」帰国したのはちょうどお正月。その足で帰省し長岡駅から自宅までの道中、道行く人の顔を見ながら思った。「晴れやかなお正月なのに街を歩く人たちの表情がちっとも楽しそうじゃない。履くものもないくらい貧しいラオスの子供たちの方がずっとハッピーに笑っていた」なぜなんだ? 彼は日本という国を憂い、自宅まで泣きながら歩いたという。「これが政治を志すきっかけになりました」その後も災害ボランティアなどで広く様々なボランティア活動に関わり続けた。 卒業後は帰郷し(株)原信に就職。「いきなり政治の世界に入って世間知らずになりたくないという思いからの選択でしたが、実務を通して“働くことの本当の意味”を教わった貴重な経験でした」2年後大学院進学のために再び上京、一新塾※にも参加した。昼は大学院、夜は一新塾とひたすら勉強の日々を過ごした。そして2003年4月、長岡市議会議員選挙に立候補し史上最年少で当選を果たした。「この時は本当に大変でした。修士論文がまだ終わっていなくて選挙事務所で書いていたんですよ(笑)」


議員になって1年半後、中越地震が長岡を襲った。「ボランティアとして活動していた時の経験、人脈が本当に役に立ちました」地震発生時県外にいた桑原さんは翌日に帰宅。その日のうちにボランティアセンターを立ち上げた。「誤解を招くかも知れませんがボランティア=善ではありません。生かすも殺すもコーディネート次第。私は議員として、さらに被災地での活動経験のある災害NPOの立場として自分にしかできない活動を行いました」そんな桑原さんにとって今自分の中の大きなテーマは「復興」だと語る。「壊れた道路などが元に戻るのは“復旧”です。地震の前よりも輝く地域になる、それが“復興”だと考えています」 桑原さんの復興に対する思いはブログでも読む事が出来る。中越地震の救援物資を地震で苦しむパキスタンへ送ったいきさつや、NPOに対する思いなども綴られている。「実はブログを3つ書いているんですが政治活動ブログより『子育てブログ』の方がアクセスが多いんですよ(笑)」と語る表情は政治家ではなく優しいパパのものだった。 ※1994年、”生活者主権”の新しいネクスト・リーダーを養成するために開塾した政策学校。創始者は評論家の大前研一氏。



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