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今から11年前僕は長岡に帰郷した。

高校を卒業してから帰郷するまでの10年間は東京で仕事に没頭して長岡に帰る事も同級生に会うことも無かった。

それから間もなくして僕は起業した。

同級生に会う日々も多くなり「桑原望」と言う名前もよく耳にすることになるが、会うことは無かった。

のちに僕はこの越後の国に、地域の為・子供の為・未来の為・偉人が残したかった意味の為にと思う同じ志を持つ同志を集め「越後RYO-MA倶楽部」を旗揚げした。

その時歴史は動いた??

話しにはよく耳にしていたが会うことは無かった「桑原望」と久しぶりの再会。

話は弾んだ!

地域・高齢者・ボランティア様々な話をし合う中で共通したのは、
この長岡をより豊かにしたい!
この長岡の子供には未来がある!
長岡が大好きだ!
桑原、オヤジになったな!笑 だった。

桑原望の常在戦場(常に戦場にあるの心を持って 生き、ことに処す)はいつなんどきも長岡という戦場に常に立ち、長岡市民の声・心に耳・魂を傾け未来の長岡を良きものとしてくれる1人だと思っています。

波乱が起ろうと、歳を取ろうと、桑原望は長岡の行く末には居なければ成らぬ同志だと思い応援して行きます。


Asia Hair+Make 代表取締役
越後RYO-MA倶楽部 局長
石丸 千也





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中越地震により自宅は大規模半壊となり、仮設住宅に入居した。

高齢の両親と定年退職した私たち夫婦の再建に悩みながらも、仮設住宅の高齢者世帯や空き部屋の雪下ろしの相談に行き、そこでもらった一枚の名刺。


見合い写真のように、その名刺を見ながら、「学生と交流したい」「仮設住宅に花を植えたい」と、住民と夢を語った。


その名刺の男の協力で、夢は現実となった。

100人を超える学生が二度に渡り、除雪ボランティアで訪れ、その後も交流を続けることとなった。

仮設住宅には、多くの花を植え、特に阪神大震災の神戸から届いたひまわりは、東京の小学校に届けることができた。

震災から10年。今でも全国から500名もの学生が訪れる。


 

名刺男によって、住民と学生の間に「絆」という種が生まれた。

この種に多くの肥料を与えて、これからも多くの夢を実現させ、大きな花を咲かせたい。


一枚の名刺から始まった物語。

その名刺には「桑原望」と書かれていた。







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私が桑原君と初めて出会ったのは13年前の私の披露宴です。

主人の高校の同級生と言う関係で出席してくれていました。

スピーチをしてくれた時に議員を目指していると聞き驚いたのを覚えています。

そして数ヶ月後出馬に向けて本当に動き出しました。

京都から嫁いで間も無い私は慣れない長岡生活の中で選挙を手伝うと言う良く分からない生活が始まりました。

この経験が私の人生を大きく変えました。

彼の応援をしながら仲間との絆が日毎に深まり疲れよりも笑顔で過ごせる日々となりました。


次の選挙は4期目となりますが決して余裕は無いですよね。

但し桑原君は人に恵まれているなぁと感じます。

君の為に沢山の人が動き支え守っています。

私はとても羨ましく思います。

私はこの選挙活動で私自身の人生がとてもプラスになりました。ありがとう。


1期よりも12歳年を取った私ですが高く手を上げ負けない大きな声で君を支えたいと思います。


愛する長岡の為頑張って下さい!私も大好きな長岡の為頑張ります!







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長岡から「ひなた」というユニットで歌い続けて10年になります。

東京に歌う場を移しても故郷長岡を想い歌っています。


桑原さんとは、FM長岡でゲストに呼んでもらった時に出会いました。

初めての印象はなんとも生真面目でしっかりものという感じでした。

しかし、一時間のラジオトークでその印象はがらりと変わりました。

ストイックなまでに「笑い」にこだわる姿勢、「笑い」の引き出しの多さ・・・

あれは政治家というより漫談家でした。(笑)

でも、そこに政治に生きる人間の懐の広さを感じました。 


僕はこれからも歌で、人々に小さくてもいいから「感動」や「衝動」を与えられるような人間になりたいと思っています。

きっと桑原さんも、僕たちとは畑は違えど、この長岡に しいては日本に笑顔の花を咲かせることを夢見ているのではないかと思います。

これからもエールを送らせていただきます。  


。。。 が  ん ば れ!! 







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桑原望君は26才で初出馬し、あれから3期12年を市議会議員として務めました。

この間、政治家として長岡市民のためにどれほどの汗を掻いたのか。

その審判が今年4月に下されようとしています。

 

桑原君が学生時代に所属していたNPO法人国際ボランティア学生協会は、「若者の活力を活かして、社会に貢献する」をスローガンに、来年23年目を迎えます。

今年度は90大学2700名の学生会員が所属し、日本最大の学生ボランティアとなりました。

 

桑原君は第6期の学生代表として、国内は基より、東アジアを中心に活動を広げ、サーバントリーダー(仕えるリーダー)」として、現在の基礎を築いてくれました。

彼は、学生時代から故郷長岡をこよなく愛し、そして現在も本協会理事として、さらには長岡市議として中越地震の救援活動以降繋がっている地元住民と学生との絆を、「古民家」を核にした交流事業に発展させ、新たな地域おこしに取り組んでいます。

彼の、政治家としての成果や実績はまだまだでしょうが、サーバントリーダー(市民に仕えるリーダー)簡単に言えば、市民の召使いのようなリーダーが、彼が目指すべき政治家像だと思っています。

彼に、今一度、汗を掻かせてやって欲しいと、節に願うものです。







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僕は、NPO法人国際ボランティア学生協会の18代目の学生代表をさせてもらっております。

望さんは、6代目の学生代表ということもあり、僕はこれまで三度、長岡の地域活性化の活動に参加させていただきました。

いたずらが大好きな望さん。

話の引き出しがめちゃくちゃ多い望さん。

寝ている間に裸になる癖がある望さん。

学生を怒る望さん。

嫌だと言いながら、本気でバカなことをしてくれる望さん。

学生と同じように、大声を出しながら一緒作業をしてくださる望さん。

中越地震や豪雪などの災害時の話を涙を溜めて話す望さん。

「長岡から日本を変える」と強く信じ、熱く語る望さん。

全て同じ人間桑原望です。

 

望さんは天才的なメリハリを持っています。

何事にも本気で取り組むからこそ、その魅力的な人柄が更に際立っているんだと思います。

いつの日か、すべらない話が出来る議員として日本中を席巻して欲しいと切に願います!!

頑張ってください!! 遠い京都から応援しています!!

 


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私が初めて望さんと出会ったのは大学2年の春でした。

国際ボランティア学生協会で行う長岡市の地域活性化プロジェクトの視察で訪れたのがきっかけでした。

私にとって望さんは何年も前の卒業生であり、中越地震など災害ボランティアの指揮を執っていたということで厳しい人というイメージがありました。

決して粗相をしてはいけないと。

 

しかし、栃尾での活動を通じてともに企画運営をし、真面目な話ばかりでなく、一緒にお酒を飲み、笑い話をするようになりました。

今でも私たちにとって望さんは「すごい人」に変わりはありませんが、そこに前のような境界線はなく望さんを大黒柱とする「ファミリー」として、地域活性化のための活動をしています。

そこには確かに絆があります。

 

私は出身が同じ新潟県ということもあり、この活動だけでなく、帰省した時など望さんにたくさんお世話になり続けています。

望さんのいたずらには悩まされていますが、娘を愛するパパとして、学生にアドバイスする卒業生として、ともにばか話をする仲間として、望さんと出会えたことに感謝したいです。







 


■ ご登場いただいた方達

石丸 千也氏
千野義夫氏
光野伊久美氏
ひなた 渡辺隆典氏
下村誠氏
田中竜嗣氏
中澤奈央氏